今日の原稿

書いた仕事などについて

宮崎駿の長編制作準備は既定路線

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ね。昨年11月に書いた通り。
君の名は。』『この世界の片隅に』というジブリのDNAを継ぐ作品の大ヒットで、宮崎駿の血が騒がないわけがない。
 

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以前のNHKドキュメンタリーで、宮崎駿はCGで短編作品を作ろうとしていた。
なぜなら宮崎駿の長編引退宣言で、手元にアニメーターがいなかったからだ。
しかしドワンゴ川上量生に変なCGゾンビを見せられ、宮崎は自らのアニメの新たな可能性を確信してしまった。

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かのスティーブ・ジョブズは「影響を受けた」ことを、当の相手を罵倒することで表現するトンデモ野郎だったが、宮崎駿は相手への説教でこれを表現する嫌な人(笑)。
つまり、ジョブズが「おまえみたいな奴がそんな良いアイデアを持ったって、それ以上発展しない。だから俺が奪ったる」というのと同じで、「おまえみたいな奴がそんな良い技術を持ったって、それ以上発展しない。だから俺が正しい使い方を教えたる」というわけである。
 
CGアニメの問題点は、物理法則から外れたり設定した造形を無視したりするような動きのダイナミズムが生まれにくいこと。
だから宮崎駿はCGが嫌いだった。
しかし自分で手を入れてみたら「案外イケるぞ」と踏んだ。ピクサージョン・ラセターでも実現できてない「動き」を実現できると心が沸き立ってきた。
「自分に残された時間を考えて、1作なら長編イケる」と考えた。
 
そして鈴木敏夫が制作準備を発表したということは、いつものように「宮崎駿のために金をかき集める算段」がついたということだろう。
今頃2人は、全国から一流スタッフを強引に引っこ抜いている最中だろうと思う。
まさに『風立ちぬ』で自ら反省して描いた堀越二郎と同じで、「大量の人間を犠牲にして、オレ流の美しいものを作り上げてやるぜ!」という状況のはずなのである(笑)。

読書『シークレット・サービス 大統領警護の舞台裏』

資料として読んだが、半分以上が歴代大統領のゴシップ集。たくさんの悪口(笑)が書かれているが、警護官の好みもあるだろうし、一応眉に唾つけて読んだ。
 
ケネディは自由世界のカリスマ的指導者だったが、私生活では人を欺き、無鉄砲で、幾人もの女をホワイトハウスに連れ込んだ。愛人をエアフォースワンのCA、報道官、秘書などにあてがい、彼女らは大統領への奉仕だけを仕事にしていた。
 
◎ジョンソンは粗野で飲んだくれ、情欲の塊。執務室で秘書や友人の妻と浮気し、夫人が接近したらすぐに知らせるブザーを設置させた。エアフォースワンではいつもパンツと靴下だけだった。ある警護官「あいつは大統領でなければ精神病院に入れられていただろう」。
 
ニクソンは会話を極端に嫌う異様な人物。妻と一切触れ合わず、妻はアル中で記憶障害を起こしていた。理髪店では必ず、店主に「他の客は、自分のことをどう話すか」尋ねた。あるとき誰かがニクソンに見せようとテレビをつけたら、すぐに消して店主にいつもの質問をくり返した。ただしユーモアを解する人ではあった。
 
◎フォードはしみったれ。ホテルで警護官に新聞代をねだり、他の大統領がベルボーイに25〜50ドルのチップを渡すところ、彼は1ドルだった。マスコミは彼をのろまで不器用としたが、実際は運動神経抜群だった。他の多くの大統領と異なり、浮気は一切なかった。
 
◎カーターは人を信用しなかった。微笑むのはカメラの前だけで、警護官が挨拶したり目を合わせることを拒否した。空の旅行カバンを用意し、袖をまくって運ぶさまをアピールするのを好んだ。ホワイトハウスは禁酒と公言したが、実際は夫婦そろって毎日酒を飲んだ。毎朝6時に規則正しく執務室で仕事を始める様をアピールしたが、実際は執務室で寝ていた。食べる時間のない警護官に配膳会社が残り物を提供したと知るや、金額を計算して警護官に払えと主張した。
 
レーガンは誰にも同じく親しく接し、メイドや執事も大切に扱った。苦労話を書き送ってきた人に、しばしば4000〜5000ドルの個人小切手に署名して送った。腎臓手術で搬送の必要な子どものため、空軍ジェットを用意したこともあった。

シークレット・サービス

シークレット・サービス

 

 

トランプ・リスクを庶民が心配しても無駄

各所でトランプ大統領を心配している人たちがたくさんいる。

「今日は寒いですね」くらいのノリで「トランプは怖いね。アメリカはどうなるんだろうね」という会話のマクラになっている。


トランプを当選させたのは、理性的には「製造業をアメリカ国内に呼び戻すことは可能か」という社会実験に賭けた人たちだと思う。
(理性的には。レイシストがアメリカの半分もいたとは思えないし、そう思っているなら地方の人々をバカにしすぎ)

とにかく現在のアメリカは異常。
アメリカ人の6割が「現在の貯蓄額は1000ドル」。

医療保険は諸外国の10倍。医療費を使わない若者には、学費が重くのしかかっている(学生全体の借金が1兆3000億ドル)。

中間層の世帯収入は年々低下している。

それでいて、海外への軍事費に何兆ドルも費やす政府。


つまりトランプを当選させたのは、女性蔑視や人種差別に賛同したというより、「ヒラリーさんでは政府の機能不全を是正できない」と絶望してしまった人たちでしょう。

現在推測できるトランプ政策の核は、海外製品への強烈な関税などの税制改革。
で、この実験は大成功(内需の大成長)するか、大失敗(悲惨な貿易戦争)するかの二択。
もちろん賢い人たちは「トランプによって世界経済がめちゃくちゃになる」ことを怖れている。

 

でもそういう人たちの中には、これまで「Brexitはない」「中国経済は大失速、そして墜落する」「トランプ大統領は絶対にない」って言ってた人も結構いたんじゃないの?とも思う。
アンチ・サイエンス、アンチ・テクノロジーと言われるトランプ氏ですが、政権移行チームを見ると、いや待てよ、という気もしてくる。


みんなが心配するから軌道修正されていくのも事実。

つまりですね。

僕が言いたいのは「世界中の賢い人が予測を外し続けてきたのだから、私たち庶民が下手な予測をしても無駄。状況がどうあれ配られたカードで勝負するしかない」ということです。

中学生に挟まれた話

今、私は試練の場にいる。
私はただ、急行列車で空いた席に座っただけのはずなのだが。
 
途中の駅で自分の両脇が空いた。
そこへ女子中学生の集団があらわれた。私の右側に座り、談笑を始めた。問題なかった。
 
ところがその後、彼女らと顔見知りの男子中学生の集団があらわれた。お互いにぶっきらぼうな挨拶をした。
そして私の「左側」に座った。そして、あろうことか「私をはさんで」会話が始まったのである。
 
私もいい年の大人である。
これまで、少なからぬ数の中高生と、少なからぬ会話をしてきた。
だから分かる。
私のすぐ右に座った女子と、私のすぐ左に座った男子はお互いを好いているのだ。懸想しているのだ。
 
こいつらが私をはさんで、罵りあい(という名のじゃれあい)を始めた。
バカな奴らだ。何がバカかって、2人以外の中学生が全員、2人の気持ちに気づいていることだ。
両端から、2人(と間に座っている私)を眺めてニヤニヤ、ヒソヒソしているのだ。
 
これは体験しなければ分からないかもしれないが、なかなかの場面である。
私が何をしたというのだろう。まさかJRの車内にこんな「精神と時の部屋」が現出するとは思わなかった。
 
浅はかな者は、私に「その場を去ればいいじゃないか」と言うだろう。
しかし今、2人の関係は、私というバランサーによって成り立っている気がする。
直接隣りあうと途端に怖じ気づき、しかもそのことを認めない幼さによって、自分たちの関係を不可逆に壊してしまう言葉を発してしまうかもしれない。
特に男子。
さっきからおまえの言葉にはヒヤヒヤさせられているのだ。
 
私は人が良い。お人好しはいつでも損をする。
左右それぞれの向こう側にいる者どもが忌々しい。
こういうのは、端から眺めるに限る。
中央の特等席など私は求めていないのである。

トトロのはんこ

スタジオジブリのグッズである「となりのトトロ」スタンプを買った。

手のひらにおさまるサイズに9個セットになっているので、かなりミニなスタンプ。

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開くとこうなる。

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押すとこうなる。

「OK」と「済」は使い手がありそうだ。

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というか、無理にでも使うであろう。

 

水が世界を支配する

水によって文明が勃興し、発展し、衝突するという「水視点」の文明論。水がどれだけあるかによって農業生産が決まり、その量によって人口が決まる。
そのため人は水を求めてあがき続け、水を支配した者がその地を制してきたという観点で世界の歴史をまとめている。

水が世界を支配する

水が世界を支配する

 

 

東京デザインウィークの焼死事件について

ずっと東京デザインウィークでの火災事件のことが頭から離れない。
自分がもしあのお父さんの立場だったらと想像しただけで過呼吸のようになり、吐き気がして涙がにじむ。

アートだなんだと言ってるが、「デザイン」と銘打っているのだから、あれはデザインの問題だ。
デザインとは見た目ではなくソリューション(問題解決)なのだから、何をどう言い訳しようと事故の言い逃れはできないし、責任を取るべき人間は明確に存在する。

担当教授は「建築学」という学問の名にかけて、身命をもって償わねばならないほどの大失態だと思う。
主催者、管理責任者、そして理事として名前を貸して小遣い稼ぎをしていた連中もだ。

5才の幼い命を、父親の目の前で焼き殺してしまったという事実はそれほど重い。

しかし同時に、誰にどう贖いをさせようと、二度とその命は戻ってはこない。
誰それが悪かったと言いつのったところで、あの父親の前に我が子が元気に笑いかけてくれることはもうない。

自分がその立場だったらどうなるだろう?

とてもではないが、妻に顔向けできない。
死んだ我が子に申し開きができようはずもない。
責任を追及しようと、悪者を探し出そうと、父親としての自分の判断ミスが覆るわけではない。

あんなところで遊ばせようとしなければ。
中に入るなと一言声をかけていれば。
燃え始めた時点で人手を使い、ジャングルジムを持ち上げる判断ができていれば。
そもそもこんなイベントに来ようと思わなければ。

おそらく俺はその後悔に耐えられそうにない。
想像しただけで頭がおかしくなりそうになる。
心が痛む。